2026/7/25
第五夜 ひとつ手前の駅
「じゃあ、また」
そう言って別れるには、まだ言葉が足りない気がして、彼女はその日、ひとつ手前の駅で降りた。歩きたい気分だった、ということにして。
夜の商店街は半分眠っていて、パン屋の換気扇だけが明日の匂いを漏らしている。
かばんの中には、渡しそびれたホットレモンの缶。もうすっかり冷たい。
でも、捨てられなかった。
冷めた缶コーヒーみたいな気持ちに、名前をつけるとしたら、なんだろう。
家に着くころ、彼女はひとつだけ決めた。今度会えたら、名前を聞こう。
それだけで、夜道がずいぶん短かった。
(つづく)

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